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院長ごあいさつ

先日も奈良で、妊娠中の女性が切迫流産を起こし、対応できる病院を見つけるのに3時間もかかり、結局流産してしまったという報道がありました。マスコミは、一斉に病院のたらい回し、緊急医療体制の不備、医師不足を紙面に流しました。一年前にも同県で分娩中の妊婦が脳出血を起こし、救急医療体制の不備から死亡に至った事故があったことから、なおさら大きく取り上げられました。そこに行政や医療側の怠慢はあったのでしょうか? 医療に携わるものとして、マスコミが意図して(?)医療側の言い分(言い訳ではありません)を報道しない姿勢に納得できません。昨年の事故を受けて行政は、県立病院を中核として救急体制を構築していたようです。救急隊が最初に連絡した奈良県立病院の対応について、当初の報道では受診を断ったと書かれていましたが、実際は事情が異なるようです。当夜3人の医師が当直していましたが、緊急の帝王切開手術のため2名が手術中で残りの1名がその他数例の救急対応をしていました。連絡を受けた医師は、すぐに対応できないため、しばらく待って欲しいと返事したのですが、救急隊は他の病院を当たったようです。それ以後の受け入れを断った病院の詳細な事情は不明ですが、現状の医療制度の矛盾と過酷な勤務医の労働状況が今回の不幸な事故から伺い知れます。それともう一つ、非常に大切な事実が隠されていました。後になって小さく書かれていましたが、流産した女性は妊娠7ヶ月でありながら産科を受診していなかったそうです。しかも、流産の既往があったにもかかわらず。流産の既往がある妊婦であれば、かかりつけ医(産科に受診していれば)がいれば事情は違ったはずです。定期健診を行い流産防止の適切なアドバイスをもらったはずですし、緊急事態でもかかりつけ医が対処したはずです。敢えて言わせていただくならば、不幸な結果に至った大きな責任が、患者さんにもあったということです。

『患者の責任』
医療行為が行なわれる上で、医療側と患者さんの間に継続的なパートナーシップが必要です。日本医師会は、「国民が安心できる最善の医療を目指して」グランドデザイン2007という冊子を作りましたが、その中で初めて「患者の責務」について触れています。また、アメリカでは、2005年にアメリカ医師会で「医療倫理規定」が出され、「医師の責務」と同様に「患者の責務」の重要性が説かれています。医師は能力の限りを尽くして患者に治療を提供する義務を負うのに対し、患者には正直に意思疎通を行い、診断と治療の決定に参加し、同意した治療プログラムに従うという責任があるという事です。そこに書かれた項目の一部をご紹介いたします。
  • ・十分な意思疎通は、良好な患者医師関係の構築にとって不可欠である。患者は可能な限り、医師に対し正直であり、自分の心配事を明快に説明する責任を負う。
  • ・患者は、十分理解できなかった時には、医師に自らの健康状態や治療内容について説明や情報を求める責任を負う。
  • ・患者は、健康に良い行動によって自ら健康を管理する責任を負う。患者は、病気の進行の防止が可能な場合には、個人としての責任を負わなければならない。

近年、日本の医療もサービス業の概念が導入され、様々な改革が行なわれていますが、今一度、「患者と医師の関係と責任」について考える良い機会なのかもしれません。

院 長   依藤 良一

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