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連載寄稿「いのち(二)」
すみれ会 会員Sさん
後輩や同僚が急逝したと連絡が入るのは日常茶飯事のこと。それでも自分の命については全く無頓着で平均寿命がとうにすぎても彼岸(ひがん)まで。片道切符の手配も考えていない。これ位呑気でなかったら人間ボーと生きて行けませんな。

 昔ある雑誌に「老人は死んで下さい国のため」と云う川柳が投句されると、たとえ冗談でもひど過ぎると手厳しい反論が寄せられたところ、投句氏が反論に反論を寄せた。戦時中は政府が「若者は死んで下さい国のため」と特攻隊に行かせた世論があったではないかと。勿論冗談だが「老人は早く死にましょ国のため」と替投句(かえとうく)してみろ、大蔵省や厚生省が欣喜雀躍するぞと。

そこで想出したのが「河童」と云う小説の一説。河童の国では次々と新機械が発明され、何でも自動制作(オートメーション)となり職工(しょっこう)が不要になって来たが退職と云うものがない。訳を尋ねると、余った職工は皆屠殺(とさつ)して食用にするのです。職工は黙って殺されるのでしょうか?騒いでも仕方ありません。職工屠殺法と云う法律があるのです。ナーニ一寸した有毒ガスを嗅がせる丈で苦痛はありません。河童の国の話だから笑話ですませるが、「老人を屠殺しましょう国のため」なんて法律が出来たらエライコッチャ。

あるお方からこんな質問があった。「消防の出初め式や、防災訓練など一生懸命にやるのに、人間誰もが100%迎える死という一大事の訓練をする人や団体はありませんな。不可解なことです」と。思うに、ある宗教を心から信じ朝な夕なに読経(どきょう)し、瞑目や坐禅に勤め、昼はポックリ寺に一人参詣し勤行(ごんぎょう)これ勤める人の心は命の終末に対する訓練をとしているのではないかと。命は地球よりも重いが、世間では軽々と人の命を奪い取ったり、自殺や集団自殺が流行っている。癌や重病によりあと幾許(いくばく)の余命しかないと悟る人々の心もわからぬではないが、とにかく生きるが勝ち、50才以上団結して陳情し不老不死法なる法律でも作り、神様から戴いたオマケの命大切に延命術を心得よう。少子老齢化を心配している御仁に叱られるかも?
* 「抜粋のつづり」参考
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